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□ アトラスの書 - はじめに

 このテキストは、記念すべきMYST小説の第1作目 "The Book of Atrus" を青島さんが翻訳し要約されたものです。それを青島さんのご厚意により我々DEAが公開しております。諸事情により第六章の途中までとなっておりますが、MYSTシリーズの背景を知る上で非常に有用である事に変わりはありません。このような貴重な文章を我々のサイト上で公開する事を快諾して下さった青島さんには、この場を借りてお礼を申し上げます。有り難う御座いました。

 なお、青島さんは下記のWebサイトで第六章以降の解読作業も続けていらっしゃいます。
http://riven5th.blog81.fc2.com/

□ 目次
○ プロローグ

ゲーン(Gehn)が、アナ(Anna)の家の庭に妻の死体を埋める場面で始まる。
まず、ゲーンはアナの息子でこの時19歳。ゲーンの妻は(プロローグでは名前が出ないけれど)Keta(ケタ)というの名前の少女で、出産の衝撃で病気になったようだ。ゲーンはアナを嫌っているらしく(プロローグ時点ではなぜか分からない)、しかしアナの治癒力を頼ってケタをつれてきたがすでに手遅れで、死んでしまったところから話は始まる。

ゲーンは、愛した妻が死んでしまったことを、生まれてきた子供(この時にはまだ名前が付いていないが、後にアナにより、彼女の夫にちなんでアトラスと名づけられる。これがいつもゲームに出てきているアトラスのおじさんの生い立ちというわけ)と、治癒力があるのに助けられなかったアナのせいだと思い、怒っている様子。
その証拠に、アナが大切にしている庭を踏み散らかしたり、貴重な水のあるため池を泥で汚したり、アナが育てている繊細な植物を台無しにしたりしている。
 妻を埋葬し終わり、再び旅に出ようとするゲーンは、アナに子供を託す。っていうか、自分の息子に名前も付けもせずアトラスを放棄したわけだ。
   「お前が世話をしろ。もし駄目なら、妻の横に埋めろ」
というゲーンの冷たい言葉が、アトラスとアナへの憤りを感じさせる。そのまま、ゲーンは去り、アトラスは祖母のアナに育てられることになった、というのがこの話のプロローグである。

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○ 第一章

やがて月日が流れ、(10ページの真ん中あたりの表現から)7年の月日が立ったことが分かる。
場面は、7歳のアトラスが、砂漠の岡の上に隠れながら、望遠レンズでアナとキャラバンのやり取りを見守っているところから始まる。
この章の内容は主に、アトラスとアナの「裂け目」での生活について書いてある。
彼らは、砂漠の中の孤立した裂け目という穴倉の中に住んでいて、時折やってくるキャラバンから物々交換で塩や小麦粉、シルクなど裂け目では手に入らない物を買いながら生活をしているらしいことが窺える。
アナは、とても自立力のある人で、自分でハーブを育てたり、鉱石を削ったり、絵を描いたりしたものを、キャラバンに売り、それでアナとアトラスを養っているようだ。
ちなみに、アトラスがアナとキャラバンのやり取りを隠れて見ていたのは、アトラスがキャラバンにさらわれるのをアナが恐れていたからだ。

いくつか挿絵があるので、挿絵について説明しておこう。
12ページにある挿絵の一番上が、前回説明したアトラスたちが住んでいる火山である。
CLEFTとかいてあるのが、今すんでいる「裂け目」その反対側には、「Lava Flow」とかいてあるので、(今はまだ分からないけれど)そちら側には溶岩が流れているのかもしれない。
火山の下にある矢印は、キャラバンの進行ルートらしい。
真ん中の左側は、おそらく横から見た火山。右側は裂け目の中に張り巡らされているロープ橋の絵じゃないかなと想像する。一番下の絵は、良く分からないけれど裂け目の絵なんじゃないかなと思う。

キャラバンが帰ると、アトラスが出てきてアナが買った物を運ぶ手伝いをする。
このとき、彼らが住んでいる「裂け目」の内部の状況が垣間見れる。
買ったものは「貯蔵庫」と呼ばれる、裂け目の一番奥の部屋に置かれているらしい。
ここは、裂け目の最下層にあたるところで(地上から30フィート(10メートル近い)地下らしい)、地下から湧き水が噴出している。プロローグの場面はどうやらここらしく、プロローグでゲーンが泥で汚したため池もここにあり、当然アトラスの母もここに埋められているようだ。
またアナはとても、芸術的な人らしく、この貯蔵庫のドアを含めいたるところの壁に、鳥や魚、動物の彫刻を施しているらしい。

今回のキャラバンからの買い物で、アトラスの心を動かしたのは、初めて触れたシルクのほかに、もうひとつ、もぞもぞと動く布袋に入ったものだった。
   「あなたへのプレゼントよ」とアナに言われて、いぶかしみながらも袋を開くと、中に入っていたのはアトラスの手の中に納まるほど小さな子猫だった。
砂漠の夕焼けのような毛並みに、緑色に輝く瞳が瞬きしながら、驚いているアトラスを珍しそうに見つめている。
   「なんていう名前なの?」
   「Pahketと呼ばれていたみたい」
   「Pahket?」
聞きなれない名前にアトラスは眉をしかめた。
   「古代の名前らしいね。最年長の商人が言ってたわ、幸福を呼ぶ名だと」
   「へえ・・・。でも、Pahketって感じがしないよ。ほら、見て。この子、まるで小さな炎(Flame)みたい」
そういいながら子猫を優しくなでてやると、やがてゴロゴロとのどを鳴らし始めた。
   「それなら、フレイムという名前にしたらどう?」
   「フレイムか・・・・」
   「そう、フレイム。台所に青いお皿があったはず。あれを使いなさい。ずっと袋の中に入ってたからのどが渇いてるでしょう」
祖母の言葉に、アトラスはうなづき、
   「行こう、フレイム」
と子猫を片手に貯蔵庫へ向かったのだった。

場面は前回の場面の夜へと移る。
アトラスが自分の寝室の外の小さなバルコニーに腰掛けて月を眺めているところから始まる。
彼の目下では、アナがケーキを作っている様子が見える。ケーキもまた、猫のフレイムと同じく、アトラスの7歳のためのプレゼントなのだ。
傍らにはフレイムが眠っている。
幸せな情景。
本当に、今ここにいることが幸せだとアトラスは感じるのだけれど、最近「これ以上の幸せがあるのでは?いや、きっとあるはずだ」と感じてしまうのだ。

ふと、空を見上げると狩人の星が見えた。アナが教えてくれた星だ。
アナはたくさんのことを教えてくれたけれど、それでもまだまだ知るべきこと、学ぶべきことはたくさんあるとアトラスは痛感していた。
そういえば、かつて彼はアナに「いつになったら世の中の全てを知ることが出来るの?」と聞いたことがあった。それを聞いて、アナは笑ってこう答えた。
   「学ぶということに終わりはないのよ、アトラス。世界にはたくさんのものがあるの。そう、私たちが知りたいと望む以上の世界があるのよ」
彼には、祖母の言う意味が良く分からなかった。だけど、だだっ広い夜空を見上げるとなんとなくその途方も無さが感じられる気がする。それでも、やっぱり全てを知りたいとアトラスは思ったのだった。

というように、アトラスは7歳という年齢だけあって、好奇心の塊だ。この後、アトラスのそばにアナがやってきて、アトラスがしている「実験」について聞くシーンが続く。
この「実験」というのは、7歳にしては凄い。題材は、砂丘の砂の動きについての観察というものなのだけれど、風が吹いたら砂が動くという基本的な点から始まり、砂丘の形がどうしてああいう形になるのか、砂丘の丘の風向側と逆側を成している砂の粒の大きさの違いや、崩れやすさ、それから砂丘の丘の傾斜角度まで測っている。子供にしてはかなり注意深い観察力だ。
こういう点からもアトラスの好奇心の強さが伺える。

   「どうやら、『全体的視点』で観察が出来ているようね、アトラス」
   「全体的視点?」
   「そう。私のお父さんが良く言っていた言葉なのよ。つまり、ひとつの物事をいろんな角度からみて、小さな要素がかみ合うかどうか考えられているってことなの。考えうる全ての疑問に答えてこそ、やっと『理解した』ということになるのよ」
そう言って、アナは微笑み、孫の肩にやさしく手を添えて続ける。
   「いまあなたが考えていることは、所詮砂丘というとっても小さなことだけど、そういうものの見方ってとても大切よ。これから先、もっと複雑で大きな物事を理解しようというときでも、『全体的視点』で見なければならないという原則は同じだから。いつでも全体を見ようとしなさい、アトラス。様々なものとの相互作用を考えるの。ひとつの物事の『全体』は必ず他のもっと大きな物事につながっているということを忘れないで」
アトラスはアナの言葉に真剣に耳を傾け、相槌を打っている。その真剣さは、7歳という年齢を卓越しているようにアナには感じられた。その様子に、アナは「なんて誇らしい」と内心感心してため息をついてしまうのだった。

本当に、本を読んで感じるけれどアトラスは物凄く良い子だ。好奇心旺盛で、それでいて注意深く観察をする忍耐力もあり、まっすぐで、とてもやさしい。アナは、上の台詞からも分かるようにアトラスの良き育て親であり、また良き教師でもあるように見える。
彼女はいろんなことを教えるけれど、一方的に教えるだけではなくて、ある程度アトラスに好奇心に任せておいて、傍らでものの考え方、見方を教えることで、好奇心の芽を摘むことなく伸ばしている。俺も親になったらこんな風になりたいものだ。

やがて夜も更け、アトラスはベッドに入る。傍らで、アナが寝る前に物語を話してくれるのが毎晩の習慣になっているようだ。色々な話の中でも、アトラスはドニの王様、ケラス(Kerath)王の話が好きらしく、何度も聞いたことがあるのにまた聞きたいという。
以下にその内容を記しておしまいにしておく。

ドニの国が大きな地震に襲われ、それから逃げ出すために人々がここにやってきたのは大分昔のことといわれている。そう、数千年も前の話だ。
ケラスは、そのドニの最後にして偉大な王だった。なぜ最後の王かというと、別に追放されたからというわけではなくて、彼は自分で王として出来ることを全てしたと感じると、自ら王位を退いて元老議会を設立し、ドニの国を議会という形で運営していくことを決めたからだ。
これが、ケラス王が最も偉大だといわれる所以だけれど、アトラスがすきなのはこういう話ではなくて、若きケラス王の「毒水があふれる場所」であるTre'Marktee砂漠地下での冒険譚らしい。(ここの部分についてはあまり細かく書かれていない)
アナは、アトラスがどうしてこの物語に惹かれるのだろうかと疑問に思う。死んだ父の弟によって追放された若きケラスに自分の姿を当てはめて想像しているのだろうか。それとも他に、なにか惹きつける要素があるのだろうか。
ケラス王がオオトカゲを手懐けて、その背中に乗ってドニの首都へ帰るところまで話したとき、アナはアトラスが彼女の言葉の一つ一つを追唱していることに気づいた。全ての言い回しや物語の流れを覚えたいと思うほど、アトラスはケラス王の話がお気に入りのようだ。

   「ねえ、おばあちゃん、物語ってもっとたくさんあるの?」
   「ええ、それこそ何千もあるわ」
といって、アナは笑う。
   「全部知っているの?」
   「いいえ、それは不可能だわ。だって、ドニはとっても大きな帝国だったの。だから図書館だって、まるで小さな街のようだったの。もし、ドニの話を全て覚えようと思ったら、数回分の人生はそっくり必要だわ。私が覚えているのは、たくさんの話の中のほんの一握り」
そう聞いて、アトラスはあくびをしながら聞く。
   「ねえ、この物語って本当に起こったことなの?」
   「本当だと思う?」
アトラスは、この問いにしばらく黙り、
   「そうじゃないかと思っているけれど」と答えた。
しかし、その様子から「真実を知りたがっている」とアナはアトラスの様子から感じ取った。

夜も更け、アトラスは眠りについたのだった。

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○ 第二章

2章では、アトラスが生まれて初めての体験をする。
俺たちにとっては別段普通のことだけれど、彼は何しろ砂漠に住んでいるので雨というものを体験したことが無いのだ。生まれて初めて遠くからやってくる雨雲に恐れおののき、アナは久しぶりの雨に喜ぶところから始まる。
この時アトラスは10歳。10年も雨が降らないなんて驚きだ。それにしても、生まれて一度も雨を見たことが無い人にとっては、いつも地下からしか湧いてこない水が、空から降ってくるというのは相当鮮烈な経験だったらしい。

彼らは、嵐が来る前に急いで持っている容器を外に出し、また種を「裂け目」中に振りまいた。もちろん、アトラスは何で種なんかまくのか理解できないみたいだったけれど、とりあえずアナの言うとおりに従った。
そしてとうとうやってきた嵐。物凄い勢いで降り注ぐ雨に、アトラスは最初怖がり逃げようとしたが、アナの言うとおり雨に顔を向けているうちに、気持ちがいいという喜びを感じることが出来た。二人はそうして、嵐が裂け目を通過する間雨を浴び、その到来を喜んだのだった。

そしてその日の夜、眠っているアトラスをアナが揺さぶり起こす。
その理由は、雨が降った日にしか見られない現象が起こるからだ。
まず、空に流れ星が見えていた。そして、裂け目を上って外に出てみると、なんと裂け目から火山のカルデラまで、花のじゅうたんが出来上がっていたのだ。

   「この花は、一夜草っていうの。たくさんの種が、地中でずっと何年もかけて雨が来るのを待っていたの。そして雨が降ると、一夜だけ花を咲かせるのよ。そして・・・」
アナはそこまで言ってため息をついた。その言葉は、今までアトラスが聞いた中で最も悲しい色をにじませていた。さっきまであんなに楽しそうで、興奮しているように見えたのに・・・。アトラスは心配してアナを見上げた。
   「どうしたの、おばあちゃん」
見上げる孫に気づき、アナは懐かしそうに笑い、その頭を優しくなでた。
   「なんでもないわ・・・ただ、あなたのおじいちゃんのことを思い出していただけよ。彼がこの情景を見たらどれだけ喜ぶかと思って・・・」

アトラスは、花畑に寝転がり、花を眺めたりしているうちに急にあることを思い出した。
   「そうだ!そういえば、僕がまいた種は!」
急いでみてみると種は、芽を出していた。それを、アナに伝えると
   「それなら、急いで収穫しないと!外が暑くなりすぎる前に」
彼らは、日の出までに一生懸命作業に専念したのだった。

やがて収穫を終わり、アトラスは、なぜここでは食物の育ちが良いのか調べ始めた。そして、それは土に含まれる鉱物のせいだと気づく。
その植物の育成を助ける鉱物についての研究が3ヶ月を過ぎたある日のこと・・・。
ある3つの鉱物が特に育成に役立つとつきとめ、その鉱物を使って植物を育てていたのだが、その植物がやっと収穫できるまでに育った。そこで、アトラスはその中でも一番大きくそだった根っこを収穫し、洗っていた。
すると、猫のフレイムがやってきて、横でじゃれてきたので、その根っこを少しだけ上げ、自分も食べてみた。
中々美味い。しかし、後味に苦いものが残った。
しばらく作業をしていると、アナがやってきて、
   「あら、良い感じに収穫できているわね。御飯と一緒に料理しようかしら?」
といったが、アトラスは
   「いや、僕が料理する。この根っこでソースを作ろうと思うんだ」
   「それは楽しみね」
といって、アナは部屋を出て行った。

それからしばらく、アトラスは作業を続けていたが、夜になって急に物凄い腹痛にのた打ち回り始めた。その様子を見て、アナが飛んでやってきて
   「どうしたの!何が起きたの、アトラス!」
しかし、アトラスは痛みに顔をゆがめ、声も出ない。目がかすんでくる・・・。
   「もしかして、あの根・・・あの根っこのせいじゃないの!あれを食べたでしょ!?」
アトラスは、頭を振り
   「食べたけど・・・ひとつだけ。でも、それは・・・」
胃が引きつり、彼は吐き、そしてアナを見上げた。
   「あの根っこに何かが含まれていたに違いないわ。アトラス、何を使ったの?」
   「何をって・・・」
アトラスはめまいがし、良く分からなくなり始めた。しかし、急にあることが思い浮かんだ。
そうだ!あの鉱物、あれのせいなのでは・・!?
そして、根っこを食べてみたときのことを思い出した。あの苦い後味・・・あれが警鐘だったのでは?
   「ああ、おばあちゃん、こんなことをしてしまって・・・僕にがっかりしてるよね!」
アトラスは、自分の失敗を悔やみ、うめいた。
   「そんなこと無いわ!この失敗から学べば良いもの、失望なんかしない」
   「でも!僕は、自分だけじゃなくて、おばあちゃんも殺すところだった!僕のせいで、僕たち二人とも死ぬところだったかもしれないのに!!僕は・・僕は・・・」
泣きじゃくる孫を、アナは抱きかかえ、落ち着くまでしっかりと抱きしめた。そして、やがてアトラスの嗚咽は嵐が去るように収まっていった。

   「ちょっと楽になった?アトラス」
そういって、微笑むと、アトラスはゆっくりと立ち上がり
   「あの根っこ、全部取り払わないと・・・。僕・・・」
と振り返った顔に、血の気がサーっと引くのが目に見えた。
   「ふ・・・フレイムは・・・」
それを聞いて、アナは走り出した。小さなオレンジ色の毛玉のように丸まったフレイムに駆け寄る。
   「ああ・・・!!」
アナは、アトラスが最も恐れていることに気づき、立ち尽くしてしまった。
   「アトラス・・・ああ、ごめんなさい・・・私・・・」
アトラスは黙って近寄り、ひざまずいた。
そして、まるでフレイムが眠っているときのように、やさしくそのオレンジ色の体を抱き寄せたのだった。

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○ 第三章

アトラスはすでに14歳。もうすっかり子供ではなく、背も伸び、顔も角ばって大人のようになってきた。
かいつまんで言うと、3章の9割以上は、アトラスが裂け目の近くの火山で行った実験についてこと細かく書いてあるだけだ。どんな実験かというと、46ページのイラストを見てもらえば分かるけれど、火山の噴火ガスを使って発電をするという実験だ。
イラストの上のほうが、どういう仕組みで発電をするかという図。クレーターの下の方から湧き出る蒸気を下の図のようなキャップ型の装置でうけとめて、蒸気の勢いを使ってバッテリーに蓄電するという方法だ。
色々と準備をしている様子が最初に書かれ、最終的に実験は成功する。

しかし、最初の火山の蒸気の勢いで、バッテリーが遠くに飛んでしまった。
それを取りに行くアトラス。やっとバッテリーを見つけ、見てみるとフル充電されていて、その様子に彼はとても満足する。すると、地面がうごめき、キャップ方の装置の下から低い唸りが聞こえ始めた。
   「まずい!!」
と、アトラスは駆け出す。すると、唸りが最頂点に達した頃、地面から大爆発が起きた。
アトラスは、そこから発せられる熱風に煽られながら無我夢中に走った。
そして、やっと逃げ切り、気づいた時には、火山のクレータのほうまでやってきていたのだった。

逃げ切れたこと、それにバッテリーが充電されていたことに喜び、クレータの上でぐったりとしているアトラスの目に、ふと見慣れない洞穴が目に入った。
彼は今までどうやら一度もクレーターに来た事が無かったらしく、そんなところに洞穴があることすら知らなかったのだ。
不思議に思って近づいてみる。
洞穴か、それともトンネルか・・・。
どちらにしろ、まるで周りの石を削ったように綺麗に出来ている穴である。
   「なんなんだ・・・・」
と、アトラスがいぶかしんでいると、遠くでアナの声がした。
   「アトラス!!戻ってきなさい!!」
   「でも、僕のバッテリーが・・・」
   「戻ってきなさいって言っているの、今すぐ!!」
アナの様子は尋常ではない。アトラスは洞穴のことが気になりつつも、しょうがなくアナの元に戻ることにした。

裂け目にもどるまで、アナはおかしなくらい黙り込んでいた。しかし、急に立ち止まりアトラスに振り返り、
   「アトラス、何を見たの?」
と厳しい顔で問う。
   「え・・・僕・・・」
アトラスは、アナの質問になぜか驚き、答えに窮した。
   「アトラス、答えなさい。何を見たの!?」
   「バッテリー・・・そう僕のバッテリーを見つけたんだよ」
   「それだけ?」
   「そうしたら、蒸気が・・・たくさんの蒸気がいきなり湧き出して・・・。そうだ、僕、バッテリーを取りに行かなきゃ」
そういって、戻ろうとするアトラスの肩に彼女は手を置き
   「バッテリーのことは忘れなさい。取りに行くのは危険だわ。ほら、汚れちゃったから体を洗ってきなさい」
と、彼を止めたのだった。

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○ 第四章

その夜、月がわずかに顔を出し始めた頃、アトラスはそっと寝床を抜け出した。
昼間の洞穴のことが頭から離れず、アナが寝静まったのを見計らって見に行こうと考えたのだ。
音を立てないように注意しながら裂け目から這い出て、貯蔵庫から取り出しておいたロープとリュックを片手に、火山のカルデラへと向かった。

火山を登り、カルデラの淵までやってきた時、彼はカルデラの底から聞きなれないうねりを聞いた気がして、首筋にサーッと寒気が走るのを感じた。
怖い。
しかし、好奇心のほうが先に立つ。
注意してカルデラへと降りると、そこは異様な熱気に包まれていた。地面から蒸気が音を立てて吹き出している。アトラスは壊れそうなほど鼓動する心臓を押さえつつ、歩を進めた。
そして、それはあった。
昼間と同じようにバッテリーのそばに、ぽっかりと深淵を湛えた洞穴が。
アトラスは、恐怖を抑えつつも、逃げ出しそうになる自分を懸命に抑えて、とうとうその洞穴に足を踏み込んだのだった。

内ポケットから火種を取り出して、火をつけるとぱーっと洞穴の様子が浮かび上がった。
洞穴は、どうやらただの穴ではなくトンネルのようだ。緩やかに傾斜しつつも、まるで蟻か何かの住処のように綺麗に石が削られたトンネルが続いている。その奥の闇は、どうやら深そうである。
驚いたことに、トンネル内は火山の中とは思えないほど涼しい。しかも、まるで風がトンネルの奥から吹き出して感じられるのだ。

アトラスは何度も後ろを振り返りながら、恐る恐る進んでいった。しかし、まもなくさっきまで見えていた入り口は、傾斜したトンネルの壁に阻まれて見えなくなっていく。それでも、彼はまるで何かの魔法にでもかかったかのように、歩を進めていく。
歩きながら、彼は火山の硫黄のにおいが薄らいできていることに気づいた。その代わりに、彼が今まで嗅いだことの無いような匂いがトンネルの中からしてくる。少しかび臭いような、とにかくあまりかいだことの無い匂いだった。

そっと壁に触れてみる。
表面は思ったより滑らかで、冷たく、そして乾いていた。
壁を観察していると、ふとその先の壁に変わったところがあるのに気がついた。壁に文字が一文字、彫られていることに気づいたのだ。その文字は、アトラスの身長の半分ほどの高さ、そして彼の横幅の2倍ほどの幅という大きな文字だ。それを見て、彼はハッと息を呑んだ。
『ドニだ・・・間違いない。ドニの文字だ!』
どういう意味なのか分からなかったけれど、彼はいつかのためにその文字をしっかり記憶に刻み込んだ。
それにしても・・・・。
やっぱり、ドニは本当にあったのか!とアトラスは思う。
正直、この文字を見るまでアナが毎晩話してくれるドニの物語が本当にあったことなのか、半信半疑だったのだ。アナの部屋にあるドニの本は、アナが自分で書いたのではと疑っている時もあった。しかし、そう疑ってみては、『いや、アナが嘘をつくなんてありえない!』と思い、気持ちが交錯する。信じたいけれど信じられない、それくらいアナの話してくれる物語は神秘的で、現実離れしていたのだった。

アトラスはここまで来て、引き返すことにした。アナが起きて彼がいなくなったことに気づく前に帰らなくてはならないからだ。
引き返していると、急に足元に丸いものを踏んづけて彼は、転倒しそうになった。
   「なんだ・・・?」
と足元を見ると、何かがころころと転がっていく。小さな石ころのようだ。しかし、不思議なことにその石は始めはうっすらと、そしてだんだん強く光り始めたのだ。
急いで拾ってみてみる。
熱いのかと思ったら、不思議なほど冷たい。
それは完全な弧を描いた球体だった。何かの大理石で出来ているようだ。アトラスは色々な岩石をもう10年も収集しているが、こんな石は見たことがない。それに、こんなに明るく光っているのに、玉自体は冷たいということも、とても不思議だ。
持っていた明かりを消して、その光る玉を掲げて、他に同じような石はないかと探したが、残念ながら他には落ちていなかった。

もっと探索したいと思ったが、もう日の出が近い。アトラスは急いで出口へ向かったのだった。

その後、アナに手伝ってもらって二人でバッテリーを家まで引きずって返る描写が少しだけ続く。
その作業の間、アナはおかしいくらい無口だったが、家まで運び終えるとポツリとこういうのだった。
   「とうとう、あなたに話をするときが来たようね」
と。

そして家に戻ると、アナは今までアトラスにした事のない新しい話をし始めた。
それは、ドニの話だったけれど、今までアトラスにしてきたような英雄譚ではなく、もっとドニの歴史に関わる話だったらしい。
物語の詳細についてかかれてはいないが、おそらく「The book of Ti'anna」に含まれる内容であると想像できる。というのも、二人の会話が次のように続くからだ。

   「・・・そして、ヴェオヴィスがとうとう戻ってきた時、ドニの運命は閉ざされたのだった。千年もの時をかけて作り上げてきたドニの創造物は破壊され、ドニの地底都市に生きる者の姿は悉く消え去った。すべてはティアナ(Ti'anna)の判断が間違っていたために・・・」
アナがそこまで話すと、アトラスはしばらく沈黙し、そして彼女を見上げた。
   「ティアナを責めているの、おばあちゃん」
アナは黙ってうなずく。
   「でも、ティアナには予想できなかったんじゃないかな・・・。それに、彼女はできる限りのことをしたと思うけれど・・・」
   「自分の良心を満足させるためでしょう、きっと。でも、それがドニのためになったのかしら?ヴェオヴィスが最初の反乱を起こしたのち、彼を殺したいと思った人は他にもいたはずよ。もし、彼らの言葉が聞き入れられていたら・・・・もしティアナが最高議会であんなに雄弁に訴えさえしなければ・・・・」
(何度も言うようだけれど、詳細について書いていないのでこの台詞の意味は分からなくてもOK)
そう言ったっきり、アナはうつむいてしまった。
   「でも・・・そんなこと、もう今となっては関係ないこと。全ては過去のことだから。ドニはもうないの。残っているのは、物語だけ」

アトラスは、今朝拾った光る玉をポケットから取り出し、祖母に見せた。
   「これ、火山のところに落ちていたんだけれど・・・」
すると、アナの表情が豹変した。
   「どこで見つけたって言ったの?」
   「火山でだけど・・・バッテリーの近くの・・・」
アトラスが弱弱しくそう答えると、
   「トンネルね、トンネルの中で見つけたんでしょ!?」
   「うん・・・・」
アナは玉を取ると、すぐさま水が入った容器の中に投げ入れた。すると、さっきまで発していた玉の光が消えたのだった。
   「アトラス、あそこにはもう2度と行っては駄目よ。とても危険だから」
   「でも・・・おばあちゃん」
言い訳をしかけたが、アナの険しい表情に押されてアトラスは黙ってしまった。
   「行っては駄目。約束して、もう行かないと。お願い、アトラス、おばあちゃんに約束してちょうだい」
   「わかったよ・・・約束する」
アナに押されてアトラスがそういうと、アナは安心してアトラスの肩に手を置いたのだった。

それから、また夕方の話に移る。どうやらアナがガーロ・ヘヴティーをアトラスに教え始めているところらしい。といっても、まだ教える前のお話、って言う感じだけど。
ここでは、ガーロ・ヘヴティーについて情報を得ることが出来る。
話によると、ガーロ・ヘヴティーは英語とは次元の違う言語らしい。
   「イメージしづらいよ・・・」
と、こぼしているアトラスと同じく、アナが説明をしてくれるけれどイマイチ想像がつかない。

なんでも、英語というのは、物事や思想に「名前をつける(label)」ことで成り立っている言葉だけれど、これは違うんだって。
名前をつける、っていうのは、つまり木にtreeというラベルを貼ることでtreeを木だと認識できるということ。このほか、英語は思想を表すってこともあるやね。愛しいと思う気持ちにloveとあらわしたり。
ガーロ・ヘヴティーというのは、こういうラベル付けというのとは全く違った発想で出来ているらしい。
アナ曰く、
   「ガーロ・ヘヴティーは、空気の流れに関係があるの。風の流れや、湿度なんかにも」
うーん、イマイチ分からない。
   「ガーロ・ヘヴティーは、物事を言い表す以上の働きをするのよ」
うーん・・・。
アトラスも全くわからないらしく、顔をしかめてばかりなんだけれど、アナは
   「とにかく、そういう違うレベルで作られた言語だと言うことを受け入れれば良いのよ。アトラス、あなたは何に対しても疑問を持って答えを見つけようとするけれど、ガーロ・ヘヴティーについてはとりあえず今は、私が言うことを『そうなのか』と思って受け入れるだけにしなさい。物に名前をつけたり、思想をあらわすという以上のレベルがあるの。思想も含んでいる物の名前という感じかしら。
ドニが何年もかけて開発した研究の全てが詰まった言葉よ。今は分からなくても、きっといずれ分かる時がくるわ」
結局、何がなにやらわからないまま、アトラスはアナの言葉を受け入れるより他ないようだ。

前の話から、1ヶ月がたったある日のこと。
アトラスが、陽気に口笛でも吹きながら山際を歩いていた時のことだ。彼は、山のある変化に気づいて凍りついた。というのも、火山の山頂近くが濃い霧で覆われていたからだ。こういうことは、彼の今までの経験にはなかったらしく、アトラスはひたすら驚いた、というよりむしろ恐怖を覚えたじろいでいた。するとその時、霧の中から人影が突然現れたのだった。
その人影は、最初は霧の一部かと思ったが、やがてだんだん姿が明瞭になってきた。背が高く、広い額に力強くまっすぐ伸びた鼻、そしてアトラスが持っているのと同じゴーグルをつけた神秘的な雰囲気を感じさせる男だ。

ここで補足。
今まで明確に書くのを忘れていたが、アトラスはいつも「眼鏡(glasses)」をかけている、と書いてある。しかし、物語の中の記述から、眼鏡、というよりゴーグルのようなごつい物だと想像した。というのも、このゴーグルは、砂漠の砂よけにもなり、また強い紫外線をシャットアウトするフィルタリング機能もあり、そしてレンズを絞ることで望遠眼鏡の役割も果たすようだからだ。このゴーグルは、少なくとも1章ではすでに登場しており、恐らく生まれた時からすでにあったと思われる。(補足終わり)

その男は、白いマントを背中から羽織って、まるでどこかのおとぎの国の王様のような風格を漂わせていた。彼がアトラスのほうに向かって歩いてくるのを見ているうち、彼の体からみなぎるエネルギーや、冷たい自信に満ちた様子から、アトラスのその男に対する気持ちが恐怖から畏怖に代わっていくのを感じた。
彼は、アトラスの近くまでやってくると、厚いゴーグルを上に押し上げ、彼を見下ろしながらこういったのだった。
   「お前、俺のゴーグルをつけてやがるな」
アトラスは、男を見上げつつも言葉が出ない。
彼の前に立ちはだかるその見知らぬ男は、まるで月のように白く、髪は漂白されたかのように真っ白だ。その目は、虹彩の部分が広く(要するに瞳孔が小さい)、緑色の瞳孔の周りを縁取っていた。頬骨は、力強く、そしてまるで彫刻のように整っていて、その両手は繊細なつくりでありつつも、力強さを感じさせる。このように、その男は装いから振る舞いに至るまで、上品さを伴った力強さを醸し出していたのだった。
彼は、年を取っているに違いない、が、なぜかアトラスはアナと共通した空気をその男から感じ取っていた。
男は、まるで鷲のような鋭い目つきでアトラスを一瞥すると、
   「小僧、自分の親父に挨拶もなしか」
と、驚愕の一言をさらりと言ってのけた。
   「え!」
アトラスは、あまりに驚き、まるで後頭部をいきなり殴られたような衝撃を感じて言葉を失った。
   「僕の・・・・」
男は、アトラスの様子には気にも留めず続ける。
   「名をなんという?」
   「アトラス・・・」
   「ああ、アトラス。なるほど、当然アトラスという名前だろうな・・・」
そう、不可思議な言葉をつぶやきつつ、彼はアトラスの頭に手を置いた。まるで電流のような衝撃が、アトラスの全身を貫く。
   「俺は、ゲーン。アトラスの息子、ゲーンだ」
   「え・・・」
アトラスはハッと息を呑む。そうだ、これは夢に違いない。きっと夢だ・・・。そう思いながら上唇を舌で舐めると、砂漠の砂の固い感触が生々しく感じられた。
ああ・・・夢じゃないのか・・・。
   「ゲーン・・・」
アトラスがポツリとつぶやくと、男はうなづき頭に置いた手を下ろした。
   「そうだ。さあ、お前の婆さんに客が来たと伝えに行け」

   「おばあちゃん!お客さんがやってきたよ!」
アトラスがそういいながら走ってアナの元に行くと、アナはその言葉からゲーンが帰って来たことを察知したらしい。アトラスが驚くほどの勢いで駆け出すと、裂け目の入り口に立ったゲーンの元へ駆け寄った。
   「おふくろ・・・?」
と呟くゲーンに、アナは躊躇しながらも近寄り、ゲーンを強く抱きしめた。
   「ああ、ゲーン・・・いままでどこにいたの?なんで帰ってきてくれなかったの?」
遠くからその様子を見ていたアトラスは、アナの温かい抱擁をゲーンが心から受け入れていないことに気づいた。彼女の肩に置かれた手にも気持ちがこもっていない、それにまるで物語の中の王のように、彼はアナと距離を保っていたのだった。
   「子供に会いに来たのさ・・・俺の息子に」
アナの言葉が聞こえないかのように、ゲーンは短くそう答えた。

その後、アナとゲーンがキッチンで二人きりでの会話をする。しかし、その様子をアトラスは遠くから盗み見ていた。
二人は親子でありながら、少しもかみ合わない。アナの温かい気持ちも、ゲーンの前では肩透かしを食らってしまうようだ。アナは、まるで卵の殻の上を歩く時のように慎重に、あまりたくさん話さないように気をつけつつも、ゲーンが今までどこで何をしていたのか執拗に聞きだそうとしていた。一方、ゲーンは言葉少なく、答える必要が無いと思われる質問は無視し続けた。
(その時のゲーンの様子も幾らか書かれている。アトラスが見たことが無いほど高級そうな服を着ていること、そしてゲーンがパイプからタバコを吸う様子などが事細かく続く。パイプを吸うのに、ゲーンが布袋の中から取り出したものがあった。それは、なんとアトラスがあの火山のトンネルで拾った大理石の球体だった。どうやら、あの球体はタバコを吸うのに必要なものらしい。)

   「しばらくここにいるんでしょう?」
そう尋ねるアナを、ゲーンはちらりと見て
   「いや、明日ここをでる」
と、「明日」を強調して答えた。その答えに、アナは落胆のため息をつく。
   「そうなの・・・アトラスともう少し一緒にいてくれるのかと思ってたわ。そうしたらお互いをよく知れたと思うし・・・。とってもいい子なのよ。きっとあなたも誇りに思うわ。それに・・・」
そこまでアナが言うと、ゲーンは冷たくさえぎった。
   「いや、あいつを一緒に連れて行こうと思う」
   「え!アトラスを連れて行くですって!?」
アナは、あまりのことに驚いて言葉を失った。
一方、暗がりで話を聞いていたアトラスの心臓は、雷鳴のように高鳴り始めた。
   「なにか都合が悪いって言うのか?」
   「でも、アトラスにはまだ早すぎるわ!まだ若すぎるのよ。それに、まだまだ学ばなければいけないことも・・・」
そういうアナの言葉を、ゲーンは遮った。
   「早すぎはしないさ。なぜかって?奴は今、ちょうど俺がここを飛び出したときの年だからさ。それに、教育のためだっていうのなら、それこそ俺が戻ってきた理由だ。俺が教えてやる」
   「あなたが教えるですって?」
   「ああそうさ。あんたと俺でどっちが良いかって、俺に決まってる。俺は教育を受けているし、それに、あいつの父親だ」
ゲーンはパイプを下ろし、アナににじり寄ると顔をしかめ、
   「ところで、俺のことは話してあるんだろうな?」
と厳しい顔で問う。
その言葉に、アナの顔が硬直した。その様子を見て、ゲーンは怒って立ち上がった。
   「おい、まさか何も話してないって言うのか!?」
アナは、アトラスが盗み聞きしているのを感じて、声を落とした。
   「でも、何を話せって言うの?『あなたのお父さんは、あなたが生まれてからすぐにいなくなった』とでも言うべきだったなの?名前すら付けようとしなかったと・・」
   「アトラスと付けるつもりだったさ。そんなことくらい分かってるだろ」
それを聞いて、アナは突然怒ってゲーンをにらみつけた。
   「ええ、知っていましたとも。でも、私が名前をつけたの!そして、私が育てたのよ、ゲーン、あなたじゃなくて私が!それなのに、今度はあの子を返せって言う。まるで私に保管を頼んでた荷物みたいに簡単に返せって。でもねゲーン、子供は荷物なんかじゃ無いのよ。生きて、成長してるの。そして、アトラスはまだ十分成長しきってないわ」
アナは一生懸命訴えるが、ゲーンの心にはちっとも響いていないようだ。
   「あいつが成長しきってるかしきってないかは、俺が決める。それに、俺はあいつを俺の研究の手伝いをさせてやろうと思ってる。俺の助手としてな」
   「助手ですって?」
   「ああ、俺の研究の助手だ。俺は前からやる気のある奴に手伝ってもらいたいと思ってた。見たところ、アトラスは十分やる気があるようだが」
   「研究って、なんなの?」
   「ドニの文化についての研究だ」
   「ドニですって?」
アナは、苦笑を抑えながら続ける。
   「ドニは滅んだのよ。あなた、まだ理解できないの?」
   「そんなことはない」
ゲーンはそういい切った。その言葉には、誇らしさすら感じられる。
   「あんたは間違ってる。俺はこの14年間、あそこにいたんだ。ドニにな。俺はあそこで偉大で万能なドニ文化の秘密を研究していた。言っておくがな、全く何も失われてはいないぞ。ドニはまだそっくりそのまま存在している」
話を盗み聞きしていたアトラスは、その言葉を聞いて背骨に電流が走るのを感じた。
―ドニがまだ存在しているだって?そんなこと・・本当にありうるのか?
アナは激しく頭を振り、
   「ゲーン、あなたもう忘れてしまったのね。私はこの目で見たのよ。ドニが崩壊したのを。あなたはその事実を受け入れられないの?昔のことを忘れてしまったの?」
そういうアナを、ゲーンは冷たい眼差しを向けた。
   「ああ、そりゃあ、あんたは忘れたいと思っているだろうけれどな」
アナは黙ってゲーンを見返す。ゲーンはアナにはかまわず続けた。
   「あんたは、ドニを少しでも重んじたことがあるか?俺のように、ドニに関心を持ったことなんてないだろう。俺は、俺の息子にはあんたのようにはなってほしくない。過去について知って欲しいし、それに俺のようにドニに誇りを持って欲しい」
そして、ゲーンは怒りをあらわに続けてこう言った。
   「あんたがかつて俺にしたように、俺の息子があんたに裏切られるのはもうたくさんだからな!」
   「ゲーン、何てこと言うの!私はあなたのために最善を尽くしたわ!」
   「最善だって?それが何だって言うんだ?あんたが家と呼ぶこの穴蔵のどこが最善だっていうんだ!?」
アナは顔を背け
   「アトラスに決めさせるべきよ。勝手に連れて行くなんて出来ないわ」
と言ったが、ゲーンはアナの顔のすぐそばにまでにじり寄って続けた。
   「出来るとも。なぜなら、俺はあいつの父親なんだからな」
   「それなら私も連れて行きなさい。あなたが教えている間、あの子の世話をするわ」
ゲーンは首を振り、
   「だめだ。それは『ドニ流』のやり方じゃない。あんたはそんなことも忘れちまったのか?俺がたった4歳の時、俺をギルドに放り込んだことも忘れちまったのか?」
   「でも・・・」
   「でもじゃない!あいつは俺についてくる、それで決まりだ。もしもどうしても何か手助けしてやりたいって言うなら、せめて旅の支度でもしてやることだな。まあ、なにも必要ないと思うが・・・」
   「でも、ゲーン」
と言ってゲーンの腕に手をやるアナを振りほどき、ゲーンは部屋を出て行った。
こうして、アトラスの新たな旅が始まったのだった。

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○ 第五章

旅立ちの日の朝、アトラスは母の墓にお参りをしているシーンから始まる。そこへ、
   「アトラス来い!行くぞ!」
と父ゲーンが容赦なく出発を促す。
立ち上がったアトラスにアナが近づき、二人は別離の抱擁を交わした。「もう会えないかもしれない」という思いが、アトラスの気持ちを混乱させる。その気持ちを察してか、アナはアトラスを強く抱きしめてから、体を離すと彼の両腕に手を置き微笑みながらやさしく言った。
   「大丈夫よ、アトラス。心配しないで。貯蔵庫はいっぱいだし、それにあなたの発明のおかげで暮らしやすくなったから。これから何をやってすごせばいいのかわからないけど・・・。それに、お父さんがね、あなたを3ヶ月でここに返してくれるって約束してくれたから。」
   「3ヶ月で!?」
この良い知らせに、アトラスの顔がパッと明るくなった。
   「そうよ。だから心配要らないわ」
そういって、アナはアトラスにリュックサックを手渡した。中には、アナが孫の旅のために選りすぐった物がたくさん入っていた。ほんの昨日作ったばかりのケーキまで入っている。それに、アナは、彼にリュックサックに綺麗な刺繍まで施してくれていた。アトラスは、アナの心遣いに感動しつつも、再び寂しさがこみ上げてくるのを感じた。
   「聞いて、アトラス」
アナは急にまじめな顔になって言う。
   「アトラス、今までここで学んだことを忘れては駄目よ。あなたには、地球のことや星のことを通じて、科学のことや自然の力の働き方について教えたわね。そして、何が善なのか、価値あるものなのかということや、不動で不変の真実について教えてきたつもりよ。これらは、『創造主』から得た知識なの。この知識をしっかり覚えておきなさい。そして、あなたのお父さんの教えてくれることと、ここで得た知識を常に比較しなさい」
そこまで言って、アナは一度言葉をおき、少し声を潜めて続けた。
   「もうゲーンのことは良くわからないけれど、あなたのことなら分かるわ。いい?アトラス、これからは自分の行動を、私が教えた真理に照らし合わせてみることを忘れないで。利己的に行動をしたら、きっと悪いことが起こるわ。でも、私欲を抑えている時は、何でもうまくいく。何も恐れる必要は無いわ」
アナはそういって一歩アトラスから下がると、やさしく微笑んだ。
   「これからの旅は長くて辛いかもしれないけれど、いつでも勇敢でいてね、アトラス。それに、何よりも誠実でいなさい。この旅が運命で決められていたとしても、逆らわずに良い息子でいるように常に心がけるのよ(*1)」
この、アナの謎めいた言葉に、アトラスは
   「良くわからないよ・・」
とこぼしたが、アナは首を振って、そんなことはどうでも良いと言う。
   「とにかく、お父さんの言うことを良く聞くのよ。でも、あなたの天性の良さが失われないようにしなさい。分かったわね?」
   「分かったよ、おばあちゃん」
   「それなら、安心だわ」
アトラスは、アナに近づき抱擁を交わした。裂け目を登り上がり、しばらくその姿を目に焼き付ける。すると、アナがテラスへ出てきて手を振った。
   「気をつけて行って来てね。3ヵ月後に会いましょう」
アトラスは手を振り返し、一息つくと父の後を追いかけて火山を登り始めたのだった。

アトラスとゲーンは、例のトンネルにやってきた。アトラスは、先日見つけたドニの文字を指差し、ゲーンに
   「父さん、これ何が書いてあるの?」
と、尋ねた。しかし、ゲーンはイライラとして
   「早く来い、アトラス。かなり時間を無駄にしてしまったぞ。そんなもの、また後で教えてやる」
と言って歩みを止めようとしない。がっかりしながらも、仕方なくアトラスは父親の後を追った。
   「無駄にした時間を取り返すぞ。ここから先の道のりは長いが、俺には進行中の実験が幾らか残っている。早く戻って、どうなったか見なくてはならんのだ」
   「実験って、どんなの?」
 アトラスは、実験という言葉に興奮して聞いたが、
   「大切な実験だ」
としかゲーンは言おうとしない。
   「さあ、急げ。最初のエデル・トマーンに着きさえすれば、話す時間もあろう」
   「エデル・トマーン?」
アトラスがそう尋ねると、ゲーンは歩を進めつつもアトラスをちらりと見た。
   「エデル・トマーンは、中間駅だ。レストハウスとでも言うべきか。先の帝国の時代に、人間世界と交易をしようという計画があったんだ。まあ、幸運にもその計画は頓挫したわけだが、地表に出れる道やレストハウスが外に出て行くドニの使者のために作られていた」
   「ってことは、この道も?ドニが作ったの?」
アトラスが驚いて聞き返す。しかし、ゲーンは首を振り
   「これはただの溶岩道だ。この火山がまだ活動していた何千年もの昔、溶岩がこの道を通った時に出来たものだ」
 アトラスは、またもや落胆した。壁があまりにも滑らかで綺麗に削られているので、ドニ人が作った道だと思い込んでいたからだ。
   「この旅が終わる頃には、こんな小さな穴のことなんて忘れてるさ。これから色々な物を見ることになるからな。さあ、左にいくぞ。俺の後ろに付いていろよ。ここから傾斜が険しくなるぞ」
アトラスは、言われたとおりゲーンの後ろにぴったりとくっついて進んでいった。
 それにしても、このトンネルの抱える闇は威圧的ですらある。ランタンの光の先に何が待ち受けているのか全くわからないほどの真っ暗闇だ。アトラスは、自分がゲーンに頼りきりであることに気づいた。もしこんなところで独りぼっちになったら・・・。

   「ゆっくり歩け」
 突然、ゲーンがアトラスを振り返った。
   「道はここでおしまいだ。次は、この縦穴を降りていくぞ」
 見ると道がそこで終わっていた。代わりに巨大な楕円の穴がぽっかりと開いている。その巨大さは計り知れなく、火山がすっぽりと落ちてしまいそうな勢いだ。
 ゲーンは、ランタンを掲げ巨大な縦穴の淵を照らして何かを探していたが、やがて
   「ほら、アトラス、見えるだろう左に、階段が」
 そういわれてみてみると、巨大な穴の周囲をグルグルとらせん状に回る階段が見えた。まるで、ネジが食い込んだ時に出来る溝のような感じだ。それを見てアトラスは戦慄した。あれを下っていくなんて全く考えられない!
   「さて、お前が先に行くか?それとも俺が?」
 そういわれてアトラスは一瞬言葉に詰まったが、恐怖を表に出さないようにして答えた。「父さんが先に行ってよ。道、知ってるし」
   「そうか。なら、行くぞ、いいな」
 と、ゲーンは言うと、心得顔でにやりと笑った。

 階段は、最初のうち数百段ほどは穴の横に掘られたトンネルの中を進んでいたのに、突然右側の壁が無くなって、アトラスはいつのまにか自分が巨大な闇の淵に吹きさらされていることに気づいた。思わず、そのおぞましい光景に体がすくむ。その時、
   「あ!」
っと言うまもなく、右足からサンダルが脱げ、そのまま深い闇の中に落ちていってしまった。
あまりのことにアトラスは、壁を背にしてすっかり凍りついてしまった。呼吸を整え、なんとか気持ちを落ち着かせようとする。
 しかし、ふと不思議な感覚が彼の中から湧き出てくるのを感じた。それは、闇の中に落ちていく感覚だ。いや、ただ落ちるというのではなく、自ら闇に飛び込みたくなるような奇妙な衝動。そして、その衝動は耐え難いほどの力で、アトラスの全身の毛を逆立てた。
 その時、アトラスの目にゲーンの持つランタンの光が飛び込んできた。ちょうど穴を隔てて反対側にちらちらと光りながらも着実に降りていく光。その歩みは、まるで落ちる危険など感じていないように、軽く、そして難なく進んで行き、やがて次のトンネルの中へと消えていった。

   「行かなきゃ」
 アトラスはそう自分に言い聞かせて、左のサンダルも脱ぐと、凍りついた体を無理やり動かして、一歩ずつ階段を下り始めた。それは、まるで悪夢のような時間だった。
― 落ちたら死ぬ・・・落ちたら・・・
 恐ろしい想像が、アトラスの頭を駆け巡る。その時、
   「アトラス!」
ゲーンの声が、巨大な縦穴にこだました。アトラスは立ち止まり、すかさず壁を背にして立つと
   「なに、父さん!」
と叫び返す。
   「そこまで迎えに行ってやろうか?手でも握ってやったほうがいいか!?」
 アトラスは、その言葉に「うん」と答えたい気持ちでいっぱいだったが、ゲーンの声にどこかしら自分への苛立ちを感じて、
   「いや、大丈夫!」
と、答えた。
   「そうか。しかし、何でそんなに遅いんだ?こんなところで油を売ってる暇なんて無いぞ」
 恐怖を押さえ込み再び階段を降り始める。
― 木の中にいるって考えるんだ・・・
 と、何とか楽しいほうへ想像して、恐怖を紛らわせながらアトラスは少しずつ進んでいったのだった。

 ちょうど半分ほど降りきった所に、壁をくり貫いて小さな穴が作られていた。自然のものなのか、それともドニ人によるものなのかはわからなかったが、ゲーンがそこでタバコを吹かせながら彼を待っていた。
   「大丈夫か?」
と、問うゲーンに
   「もう大丈夫。それにね・・・」
と、アトラスは話を続けようとしてやめた。ゲーンは全く彼の話を聞いていないことに気づいたからだ。彼は、小さなノートに書かれた図に見入っている。
 しばらく眺めた後、ゲーンはノートをポケットにしまうと、
   「先に行け、アトラス。俺はしばらくここでタバコを吸ってから、後から追いかける」
 と、言ったのだった。

二人は、さらに暗いトンネルの迷宮を進んでいき、やっとエデル・トマーンについたのは、あれから3・4時間ほど経ったころだった。そのドニの中間駅は、洞穴の奥まったところにあり、その黒光りした大理石の壁は、周囲の石灰岩の岩と著しいコントラストを生み出していた。
 アトラスは、ランタンを掲げて壁の近くまで寄り、そっとその壁に触れてみた。まるでサテン生地のように滑らかだ。ブロックとブロックの間の継ぎ目がほとんど分からない。それに、表面はつるつるに磨かれて、顔を近づけると鏡のように自分の姿が映し出された。見たところ、普通にタールを溶かして作った石だが、その後に丹念に磨き上げられたのだろう。
 そうやって、アトラスが感動しながら壁を観察している間、ゲーンはドアへ近づき、首にかけていた金色の鎖をチュニックから取り出した。その鎖の先には、赤く縁取られた黒い鍵がついている。そして、その鍵を使ってドアを開けると、ほんのりと明るい室内に踏み込んだ。アトラスも後を追う。
 中に入ってみると、案外広い。両側に低いベッドがそれぞれ置かれている。そして、奥にはドアが見える。恐らくキッチンか洗面所に繋がっているのだろう。
   「なんでもう休むの?」
 アトラスがそうたずねると、驚いたことにゲーンは大きなあくびをして
   「もう遅いからな。それに疲れた」
   「でも・・・」
 アトラスは話を続けようとしたが、ゲーンはもう話したくないというように手で彼を制した。そして、右側の寝台の上におかれたナップサックを指差すと
   「あれはお前のだ。今着替えても良いし、後でも良い。好きにしろ」
 と、ぶっきらぼうに言い捨てた。
 アトラスは早速ナップサックに駆け寄り、紐を解いて中を覗いてみた。よく見えない。そこで、袋をひっくり返して中身を敷布団の上に出してみる。するとそこには、思わぬ父からのプレゼントの数々がいっぱいに広がっていた。それを見て、アトラスは驚いて思わずクスクスと笑い出した。ベッドに腰掛けブーツを脱ごうとしているゲーンを振り返ると、
   「ありがとう、父さん」
と言った。
   「後から着替えることにするね」
   「お前の好きにしろ。ただ俺だったら、ブーツを履いたまま寝ないがな。それに、そのブーツがお前に合うかどうか分からんぞ。サイズは適当に想像したからな」
 アトラスは、膝の高さまであるロングブーツの片方を指先で優しくなでると、そっと匂いをかいでみた。高級な革の匂いだ。そして、とても不思議な気品を漂わせている。どうやら誰も履いたことのない新品らしい。
 ブーツの傍らには、服があった。ちょうど、ゲーンの服の小さい版のようだ。変わった感じの本のマークがついた黒いシャツに、頭にぴったりの形をした金属製の帽子。そして、革と金属でできたポーチもある。金属製の帽子は見た感じはとても柔らかいのに、手で押してみるととても硬いという不思議なヘルメットのようなものだった。
 ベッドの傍らにかがんで、ポーチの紐を解いて見てみると、何か小さなものがたくさん入っていた。一瞬、何なのか良く分からなかったが、すぐにアトラスの顔にパッと喜びが広がった。
 ファイアーマーブルだ!
 この前、トンネルで見つけたあの大理石の光る石が、なんと5・60個も入っている。アトラスは、「ありがとう」という気持ちを込めてゲーンのほうを見た。しかし、彼はすでに背を向けてすっかり寝入ってしまっているようだ。
 アトラスは、ゲーンのそばに寄ってじっとその顔を眺めた。こうやって、改めて見てみると顎や口の辺りが特にアナに似ている。二人とも目を見張るほど上品な顔立ちだ。それに力強さと優雅さが融合したような雰囲気を漂わせている。今まであまりゲーンの顔をまじまじと見るチャンスがなかったので気づかなかったが、顔が青白いことと髪が白いこと、それにゲーンの威厳のある雰囲気がアナやアトラスとの違いを際立って引き立てていただけで、本当の所はやっぱり親子らしい類似点が多い。
 アトラスは、ゲーンが片方しかブーツを脱いでいないことに気づき、やさしくブーツを脱がすと、ベッドの脇に綺麗に揃えて置いた。そして毛布を父の上にそっとかけた。それから、自分のベッドに戻ってしばらくファイアーマーブルを手で転がしていたが、やがて疲れて眠りについたのだった。

***

   「起きろ。今日は長旅になるぞ。さっさと着替えて出発だ」
 アトラスは、ゲーンに体を揺さぶられ目が覚めた。
 ゆっくりと体を起こすと、一瞬自分がどこにいるのか分からなる。いつも見慣れたベッドや、アナの作る朝ごはんのにおいがしない。代わりに、冷たい床と沈んだ空気が澱んでいた。そのギャップに気落ちしながらも、アトラスは着替え始めた。
 今まで着ていた服とは違う柔らかくてツルツルした新しい服が、なんだか着慣れない。それに初めて履くブーツには、とても違和感がある。なんだか外側だけの変化ではなくて、アトラスの内側まで変えてしまう気すらするのだ。
 アトラスはもしかしたらまだ夢の中なのかもと一瞬思ったが、やっぱり夢ではないらしい。これは現実で、彼はこれから父とともにさらに地中深く旅を続けるのだ。
   「今日ドニに着く?」
   「いや、今日は無理だろう」
 そう聞いてまたがっくりする。仕方ないので、今まで来ていた服をリュックに詰めて
いると、それを見ていたゲーンが、その服を取り上げ、床に投げ捨てた。
   「こんなボロきれはもういらないだろ。お前は、今はもうドニなんだ。これからは、ドニの服だけを着ろ」
 アトラスは、投げ捨てられた服をじっと眺めた。あの服は、アトラスにとっては、いわば過去との繋がりみたいなもの。アナや裂け目での生活の名残なのだ。思い出深いその服を捨てるなんて・・・・無理だ。
   「小僧、何をぐずぐずしている」
 ゲーンの冷たい言葉が、アトラスの胸を刺す。しかし、アトラスはアナとの約束を思い出し、黙って父の言うことに従った。さっと、家から持ってきたカバンだけをナップサックに詰めると、昨日もらったファイアーマーブルの袋と帽子も中に仕舞った。
   「よし。食べながら歩いていくとしよう」
 そう言って、ゲーンは、彼のナップサックを背負い歩き出した。アトラスは、一瞬ゲーンの意図が分からず戸惑ったが、どうやら聞いても説明はしてくれそうにないので、黙ってリュックを背負って父の後を付いていったのだった。

エデル・トマーンを出発した後の彼らは、じめじめした細い道を進んでいた。時折、道の途中に洞窟が現れては消えていく。まるで、蟻の巣のような道だ。
 しばらくそんな道が続いたかと思うと、とりわけ狭い道の先に今までで一番大きな洞窟がいきなり目の前に広がった。天井は12~15メートルはあろうかというほど高く、手に持ったランタンでは全てを照らすことが出来ないほどの巨大洞窟である。前方から左にかけて、岩を抱えた大きなため池が広がっている。一方、右側はというと、石がゴロゴロ散乱していてなかなか進みにくそうだ。
 ゲーンは、そこで立ち止まりリュックの中からポットのような容器を取り出して地面に置くと、今度は帽子を取り出してかぶった。そして、アトラスにちらりと目配せをする。どうやら、お前も帽子をかぶれということらしい。
   「ここから道が険しくなるぞ。そうしたら近いうち、ブーツを履いていて良かったと思う時が来るだろうよ」
 ゲーンはそういうが、アトラスはいまいちピンとこない。確かに、ブーツは見た目も匂いも良いのだが、履き心地がすこぶる悪いのだ。アトラスの両足のかかとと、右親指の外側はすでに擦れてヒリヒリし始めていた。
 リュックの中から、昨日もらったばかりのドニ式ヘルメットを取り出してかぶる。そして、ゲーンを見上げると、彼はさっき取り出したポットのような容器を手に持っていた。
   「ついてこい」
 というと、珍しくゲーンは息子に笑顔を向けた。
   「さあて、ここからがお楽しみだ」
 アトラスがうなづき、地面に置いた自分のリュックを取ろうとしゃがんだ時、突然目の前がいきなり明るくなった。まるで、屋根がいきなり透明になって太陽の光が注ぎ込んだようにまぶしくあたりが明るくなったのだ。見上げると、その光はゲーンの持っているポットのような容器から吹き出していたのだ。そこからまばゆいばかりの光が噴出し、洞窟がまるで昼間のように照らし出されている。そして、灯しだされた洞窟の驚くべき光景を目にして、アトラスは思わず目を見張り、そして夢ではないかと両手で目をこすった。

 それは、まるで水晶の滝だった。天井から溶け出し、まるで滝のように流れ出ているのだ。今まで目にしたことのない、アトラスにとっては衝撃的な光景だった。
   「なんなの、これ?」
 さして感動する様子もなく岩を登る父の後を追いながら、アトラスは尋ねた。そのアトラスの声音には、その荘厳な光景への畏敬の気持ちがこもっている。前に進みながらも、アトラスの目は絶えずその水晶のカーテンへ向けられていた。
   「あれは、点滴石といわれるものだ」
 ゲーンは、簡単にその「水晶の滝」について説明する。つまり、掻い摘んで言うと鍾乳洞なのだな。ただ、水晶でできているという風に書いてあるので、普通の鍾乳洞のように、乳白色をしているわけではなさそうだけれど、形成の過程はどうやら同じであるらしい。
   「心配するな、アトラス」
 そういって、ゲーンは笑う。
   「こんなことで驚くなら、この先数時間驚きっぱなしだぞ」
 やがて洞窟の出口までやってくると、アトラスはしばらく立ち止まりしっかりとその光景を目に焼き付けた。そして、もうすっかり先に行ってしまっているゲーンの後を追ったのだった。

***

 ゲーンの言ったとおり、アトラスはその後、行く先々でいくつもの驚くべき光景を目にした。たとえば、彼の腕ほどの細さのクリスタルの「つらら」がいくつも天井から垂れ下がっているクリスタルの森のようなところなど、鍾乳洞に行ったことがある人なら、想像が付くような光景が続く道のりだ。
 そんな景色を目にするのはとても楽しかったのだけれど、それとは逆に先に進めば進むほど、アトラスの足は深刻に痛み始めていた。最初は単に履き心地が悪いと思っていたのだが、だんだんヒリヒリとしはじめ、やがて痛みに変わって行き、とうとうあまりの痛さに一歩歩を進めるたびに、体が強張るほどになってしまったのだった。

 長い道のりの末、やっと浅い池で仕切られた洞窟で休みを取ると、アトラスは真っ先に片方の靴を脱いだ。すると、ゲーンがやってきてそばに跪き、
   「見せてみろ」
 という。そこでアトラスは、膝まで捲り上げた足を恐る恐るゲーンに見せた。
 見てみると、3箇所で皮がむけている。そして、血の筋が踵からつま先にかけて流れていた。ゲーンは、アトラスの反応を見るように、落ち着いてその顔を見てから
   「俺のカバンの中に、軟膏が入っている。それを塗れば、少しは痛みが治まるだろう」
 アトラスは、言われたとおり軟膏を塗り、包帯を巻くと、再び靴を履いた。 その様子を見て、ゲーンはアトラスを喜ばそうと、
   「よし。では行こう。道はすぐそこから始まっているからな」
といった。
   「道って?」
   「ドニの入り口さ」
 その言葉に、アトラスの気持ちは高揚した。
― ドニだって!
 頭の中に、アナが話してくれた物語の風景がいくつも浮かぶ。ああ、あのドニにもうすぐ行けるなんて!アトラスは興奮し、足の痛みもすっかり吹っ飛んでしまったのだった。

***

 アトラスは、トンネルの入り口のアーチを見上げていた。見るからに手の込んだ石と金属製のアーチだ。
   「もうドニについたの?」
   「いや、まだだが、ここがドニに入る道の入り口だ」
 アーチの真下から、突然道がきれいに舗装されていた。色とりどりの金属と石のタイルが渦状にどこまでも広がっている。そして道は、傾斜することなくまっすぐに続いているのだ。それは紛れも無く、自然の仕業などではなくドニの技だった。
 ゲーンに続いてアーチをくぐる。大理石の床を叩くブーツの音があたりにこだました。アトラスは、右足に体重をかけないように足を引きずりながら歩いていたが、もう痛いとは言いまいと心に決めていた。
―いつ、ドニにつくの?
 そう聞きたくてしょうがなかったが、ゲーンは考え事に没頭しているように見えたし、その邪魔をしたくなかったから黙っていた。

 道を進んでいくと、途中からふと空気が変わった。生暖かく、少し息が詰まる感じだ。そして、嗅ぎなれた匂いもしはじめた。硫黄のにおいだ。
   「ゴーグルをつけたほうがいいぞ」
 ゲーンは、アトラスを振り返って自分のゴーグルをつけながら言う。言われたとおりゴーグルをつけ、そしてポケットからアナが作ってくれたマスクを取り出し、鼻と口を覆った。今朝、こっそりと荷物に滑り込ませておいたのだ。

 トンネル内は少しずつ明るく、暖かく、ムッとした熱気がこもり始めた。すると、急斜面の後、トンネルが突然終わった。しかし、道は続いている。そして、その道のすぐ下2.5メートルほどのところには、溶岩の海がうねりを上げていた。
 その溶岩の海が生み出す熱は強烈で、息苦しいまでの熱気だ。ふと気づくと、ゲーンもマスクをしていた。まさかこんな何の防御も無いままあの溶岩の海を渡るのだろうか、とアトラスは不安になった。しかし、ゲーンはアトラスを振り返り、
   「さあ、ここからはしばらく止まらずに歩くんだぞ。橋の向こう側に行ってしまえば、だいぶ涼しくなるからな」
 アトラスは、そう言われて一瞬躊躇したが、仕方が無く橋を渡っていくゲーンの後を付いていった。橋の上に立つと、厚い靴を履いていても感じるほど、下から突き上げる熱気は更に顕著になる。アトラスは靴を地面になるべく付けないように、ほとんど走り出していた。

 橋の上を進んでいくと、アトラスはとんでもないことに気づいた。
 ずっと続いているものと思っていた橋が、突然途中から無くなっているのだ。橋の一部が崩れ落ち、細い梁だけがかろうじて残っている。
 アトラスは、ゲーンが難なくその細い道に乗り、速度を緩めることなく渡っていくのを見ていた。しかし、いざ自分がやるとなると足がすくむ。・・・無理だ!
 足下では、灼熱の海が波立っている。どろりとした海面がまるで生き物のように波打つ度に、極度に熱せられた空気が次々とそこから湧き出て行く。あたりは蒸気と蒸せるような硫黄のにおいで沸き返っていた。
 アトラスは、思わず咳き込んだ。足は燃えるようだし、肺は爆発しそうだ。急いで梁を渡ってしまわなければ、アトラス自身が壊れてしまいそうだ。
   「早く来い!」
梁の反対側でゲーンが促す。
   「止まるな!歩き出すんだ!もう少しだぞ!」
頭がフラフラする。それに、今にも落ちてしまいそうな気がする。もし落ちたら…。
アトラスは、なんとか梁の上に足を踏み込んだ。すさまじい熱が、靴を通して彼を直撃する。
   「その調子で進むんだ!」
ゲーンが声をかける。しかし、アトラスはそれ以上動けなくなってしまった。まるで、石にでもなってしまったかのように、体が固まってしまっているのだ。
   「しっかりしろ!」
すると突然、梁が傾き始めた。
―落ちる!!
 アトラスは戦慄した。しかし、その瞬間、彼の本能が咄嗟に働いた。梁が傾き始めると、無意識に彼はジャンプしていたのだ。そして、気がつくとドサっと音を立てアトラスは梁の反対側の地面に着地していた。
   「ああ…」
視界がぼやけ、息ができなくなる。アトラスは、ぐらりとよろめくと、後ずさりした…。

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○ 第六章

アトラスはひんやりとした洞窟の中で目を覚ました。
 あたりはほんのりと明るく、そして空気はさっきの溶岩の洞窟に比べるとさわやかで心地よい。近くで水がポタリポタリと滴る音がこだましていた。
 アトラスは、身震いをして立ち上がった。それにしても、ここはどこなのだろう。辺りを見回してみる。すると、すぐにゲーンの姿を認めた。アトラスのいるところから、10メートルもしないところにある池のほとりにたたずんでいる。その池は、まるで湖面から光が差しているかのように、輝いていた。

 両足はまだズキズキと痛むし、頭は異常に重いけれど、大丈夫みたいだ。アトラスは、懸命に記憶を探って、ここまでの過程を思い出した。
―そうだ!僕は、溶岩の海に落ちかけていたんだ!
 足がぐらつき、後ろによろめいた時、落ちそうになったアトラスを、ゲーンが助けてくれたにちがいない。
 そこまで考えると、アトラスは下を向いて笑っていた。それは、アナがよくやる仕草だった。

 アトラスは、ふとゲーンについて考えてみた。突然やってきて、アトラスの人生に大きな変化を与えようとしている、つい先日まで知りもしなかった人…。
 彼は、風変わりで、行動は突飛で乱暴ですらある。でも、彼がこんなに変わっているのには何か理由があるのだろう。もしかしたら、人付き合いに慣れていないだけなのかもしれない。そして、「息子」という存在の扱い方に慣れていないのだろう。それなら、アトラスだって同じだ。突然現れたこの「父親」という存在に戸惑いを感じているのも事実だから。
 もしそうなら、ゲーンの手荒い行動をもっと大目に見てあげなくては、とアトラスは思う。少なくとも、もっとお互いをよく知るようになるまでは。そして、血のつながりだけではなくて、もっと心からの繋がりを感じられるようになるまでは。

 そう考えると、少しだけ元気が出てきた。体にかけてあった毛布を投げ出すと、アトラスはゲーンのほうへよろよろと近寄った。そして、静かにそばまでやってくると、不思議に光る湖面を見ながら、声をかけた。
   「この池、何で光っているの?」
 ゲーンは、その言葉にハッとしてアトラスのほうへ顔を向ける。どうやら、なにか考え事をしていて、まったく気づいてなかったらしい。
   「ああ…、アトラス、起きたのか」
   「うん…、僕、父さんにお礼を言わなくちゃいけないね」
 すると、ゲーンは少しだけ肩をすくめて見せると、湖面の方へに顔を戻し
   「また、話ができてよかった…」
 と言いながら、顎を突き出すという見慣れない仕草をした。
   「ここでは、ずっと一人でいたからな。長い間、仲間が欲しくてしょうがなかった。聡明な仲間が。お前が生きていると知った時…、そうだ…」
 といって、アトラスのほうへ向き直る。
   「そう、正直、お前が生きているなんて思ってなかった。だから、そうと知ったとき本当に驚いた。それに、とても嬉しかったんだ。俺たちは、ゆくゆくはうまくやっていけるさ。きっと」
 アトラスは、照れながらも微笑み、
   「そうだね。それに、父さんから色々と学びたいから」
   「いいぞ。それは健全な願望だ」
 そう言って、続ける。
   「ところで、出発できそうか?今まで、俺はお前を急かし過ぎたかもしれないな。それには訳があったんだが」
   「僕は、大丈夫だよ」
 アトラスは、ふいに父親の優しさを感じながら言う。
   「ただ、ちょっと知らないことばかりだったから…」
   「それは、裂け目を出てからはそうだっただろうな。だが、その中でも一番お前にとっ
驚くべきことはこの先にある。一番凄いこと、と言うべきか。それは、ドニだ。今晩にでも着くだろうよ」
   「え!今晩!?」
 それをきいて、アトラスの顔がパッと明るくなった。しかし、次の瞬間彼は考え込んでしまった。
   「それにしても、今は一体何時なの?朝なの、それとも夜なの?もう分からなくなってきたよ。ここでは、朝も夜も違わないから」
 ゲーンは、ドニ製の時計を取り出すと、アトラスに手渡した。
   「見てみろ」
 時計の上に書かれた円が5分割されている。そのうち、2箇所は明るく、3箇所は暗く色分けされていた。中心から伸びた針が、明るく色づけされたエリアのうち2番目のところを指している。
   「今は丁度ドニ時間で正午だ。俺たちドニは、地上に住む奴等とは違う時間を使っている。奴等は、太陽の動きに合わせて時間を区切っているが、ドニはまわりの生態リズムにあわせた時間配分をしているんだ。だから、1分割の時間は、地上での6時間より長い」
   「つまり、ドニの1日は長いってこと?」
   「そうだ、アトラス。物分りが早いな」
 ゲーンは、アトラスから受け取った時計を、まだ動いているか確認するように振った。そして、動いているのがわかると、ポケットにしいまって、アトラスのほうへ向き直ったのだった。
   「さて、出発するか」

アトラスの期待と裏腹に、道はどんどん険しくなってきた。
 至る所に岩がごろごろと落ちていて、岩を登ったり狭いところをくぐったりして進んでいく。道自体もだんだん狭く、暗くなっている。それに、確かでは無いけれど、ドニへ直行する道から大きく外れてしまったのではないか、とアトラスは感じていた。さっきの舗装された道路は、どこかに行ってしまって、今では果たしてきちんとドニに向かっているかすらも明らかではないのだ。
 しかし、それでもアトラスの気持ちは高揚していた。体中に、これから先に起こる事への期待と興奮がみなぎっていた。
―もうすぐドニだ!
 そう思うと、両足の痛みが薄らいで来る気さえするのだ。

 それから1時間もしないころだったか、ゲーンがアトラスを呼び、右端を歩くように言った。見てみると、この先で道が崩落して穴ができている。
 言われたとおり、穴を右によけて歩く。すると、横を通るときに穴の下に谷が見えた。谷底には広い川が流れているようだ。アトラスは、水の音が聞こえる気がして耳を澄ましたが、案外遠いのかその音を聞くことはできなかった。
 しかし、先に進むうち、気のせいと思っていた水の流れる音が、明らかにはっきりと聞こえ始めたのだった。そして、広い洞窟に出ると水の音は物凄い轟音になって、洞窟の壁に響き渡っていた。空気も、冷たく湿度が高くなったようだ。小さな水しぶきが幾つもランタンの光に照らされて踊っていた。
 ゲーンが、大きいランタン(恐らく以前「ポットのようなもの」と呼んでいたもの)をつけると、辺りがパッと明るくなり、洞窟の様子が明らかになった。なんと、洞窟の中に大きな滝があったのだ。数キロメートル上空から、さらに10倍くらい下にある谷底へと続く大きな滝だ。ランタンで照らし出されたその滝は、まるでクリスタルのように輝いていた。
 彼らは、滝の裏にあるトンネルへ向かって歩いていった。そして、滝の真裏に来たとき、ゲーンがキラキラと水の流れる岩棚へランタンを掲げて見せた。それを見て、アトラスはハッと息を呑んだ。水の中に細長い虫のような透明な魚がたくさんいたからだ。その魚は、ヒレも尾も透き通って見える。忙しなく動き、岩の間の溝を通って、ピシャピシャと音を立てながらジャンプをして降りていく。
   「なんなの、あれ」
   「サラマンダーだ。この辺りのコオロギや、クモ、ヤスデ、魚なんかを食べて生きている。奴等は、洞窟でしか生きていけないんだ。しかも、気づいたか、奴等は目が見えないんだ」

 それから下り坂が長く続いたが、やがて上りに変わって行った。道は、だんだん緩やかになっていったが、突然大きく右に曲がり、さらに広いトンネルに続いていた。そこまできて、アトラスは驚いて息を呑んだ。再びドニの道へ出てきたのだ!完全な円筒形を保って、道は闇の先へと続いている。
 アトラスは、後ろを振り返ってから初めて、なぜ今までドニの道を外れて歩いてきたかを理解した。陥没したのか、道がふさがれて通れなくなっていたのだ。だから、今まで遠回りをしてここまで出てきたという訳なのだ。
 その事実に気づいたとき、アトラスはゲーンがノートに描いてある図を見ていたこと、そして彼の瞳にほのかな不安が見え隠れしていたことを思い出した。そして、どうやってここまで何とかたどり着けたんだろうと思った。抜け道を見つけるまで、暗闇の中でひたすら道をたどって手探りで進んで行ったのだろうか。
   「アトラス!」
 気がつくと、ゲーンはもう10メートルほど先を行っていた。
   「すぐ行く!」
 そう答えながらも、アトラスは、数年前にゲーンが始めてドニへ行った時の事を想像していた。地中深い闇の中で、一人で、まったくの一人ぼっちでこの道を手探りで進んで行ったゲーン…。そう考えると、アトラスは父の勇気に深い尊敬の念を感じたのだった。


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Translated and abridged by 青島.
Original article: "The Book of Atrus" Rand Miller, Robyn Miller, David Wingrove